ふだんからのつながりを大切に(その1)

2012年7月12日 09時42分 | カテゴリー: 活動報告

鳥取県岩美町を訪れました

山陰海岸ジオパークの一つ「浦富海岸の千貫松島」の絶景
山陰海岸ジオパークの一つ「浦富海岸の千貫松島」の絶景
 武蔵野市は9つの友好都市とつながりを持っています。東日本大震災では、このつながりを迅速に活用し、遠野市を通じて岩手県沿岸への支援を実現できました。ふだんからの連携が緊急時に生きることを実証しています。

 武蔵野市議会19人で、友好都市2か所を訪問しました。
〇山陰海岸ジオパーク
 鳥取県岩美町は、鳥取砂丘で有名な鳥取市の東隣、兵庫県と隣り合わせの町です。鳥取市から京都府にかけて日本海沿岸はリアス式の見事な絶景が続きます。エリア全域を「山陰海岸ジオパーク」と名付け、振興に役立てています。私たちも遊覧船に乗ってジオパークの雄大な景色を楽しみました。
〇旧岩美鉱山の鉱害排水処理事業
 岩美町には大宝・和銅年間に記録が遡る古い銅鉱山がありました。大正〜昭和初期に最盛期を迎えたものの、1971年に閉山。今は、義務者不存在、つまり「公」が後始末をしなければならない状況になっています。
 最盛期の大正ごろから、鉱害問題が露わになりました。下流域で魚が浮き、麦が収穫ゼロ。鉱害防止に悩み続けた歴史が続いています。
 閉山して事業が終了したものの、重金属で汚染された雨水は流出し続けます。現在は、国・県・町が税金を投入して、排水処理施設を運営し、後始末事業を行っています。
〇昭和18年9月の鳥取地震
 岩美鉱山には悲しい事故の歴史もあります。鳥取地震(M7.4)で土砂崩れが起こり、朝鮮人労働者28名を含む65名が生き埋めに。今も埋まったままであるとのことでした。
〇マイナスの記憶こそ、学ぶべき
 友好都市訪問の中で、岩美鉱山を見学できたのは大きな収穫でした。マイナスの歴史にこそ、私たちが学ぶべき重要なポイントが隠されています。一時はもてはやされた大事業であっても、長い歴史の中で「大きなツケ」に変化してしまうこともある。長い期間にわたって住民を苦しめ続けることもある。
 私たちは教訓を汲みとらなければならないと思いました。
 岩美鉱山の見学をセットしてくださった岩美町役場の皆さんに感謝します。
〇岩美町のグルメ
 水揚げ量日本一のマツバガニ。収穫量が少ないため、地元でしか食べられないのが「もさ(=猛者)エビ」。季節が違っていて生で味わうことはできませんでしたが、ぜひ旬の時期に訪問して、味わってみたいと思います。