「福島は語る」5月10日まで吉祥寺ココロヲ・動かす・映画館で

2019年4月27日 16時45分 | カテゴリー: 活動報告

土井敏邦監督が3年間を費やし、インタビューを重ね、お一人で編集作業もすべてやったとのこと。この労作をまとめ上げてくださったことに、深く感謝したいと思います。

映画「福島は語る」170分。土井敏邦監督作品。2018年。を吉祥寺コピスそば「ココロヲ・動かす・映画館」で見てきました。2時間たった今も、私の胸のうちは、福島の方々と一緒に、ホロホロと涙を流しています。

「涙なんか流した時ねえ」「自分の人生みんな、自分の夢が狂ってしまった」

飯館村長泥地区で石材業を営んでいた杉下初男さんが、「家も、工場も、長泥もなくして…。息子も…」と監督から投げかけられ、初めてポロポロと涙を流して、つぶやいた言葉です。どうしてこんな理不尽がまかり通ってしまうのか。

西園寺が強調したいのは、この後、の言葉です。「でもな、土井さんよ、あとは悠々自適に生活していぐんだから、そんなに心配しないでけろ(笑)」「オレががおって(寝込んで)いたんでは、みんなに迷惑かけっから」「孫が13人いっから、そのうち誰かが『じいちゃんと一緒に石屋やっから』っと言ってくるのを待つんだ」と涙だらけで笑顔を見せる杉下さんの強さです。これが福島の人、飯館の人なのです。

14人の方が、ただただ自分の過酷な体験を、自分のことばで語っている映画

大震災と原発事故から8年。福島のことはもう過去のことにされつつある。中には、「原発事故で死んだ人は1人もいない」「原発を誘致したのは福島の人の責任」と切り捨てる方もあります。現在の政府の大方の人もそんな考え方に見受けます。失言??が多すぎて、どなたが何を言ったか、覚えていられないくらい。失言なんかじゃない。本音でそう考えていて、正直に出てきてしまっての発言でしょう。

武藤類子さん、地脇美和さん、など福島原発告訴団の主要メンバーが出演。

「オリンピックだ、復興だ」と騒いでいていいのか?

上映後の土井監督トークで、「来年のオリンピックではしゃいでいていいのか?」との問いかけがありました。西園寺もずっと感じています。選挙のたびに、イベントのたびに、「復興に向けてがんばっている福島」をあたかも舞台装置のように使おうとしている現政府のやり方。悔しくて悔しくて、「ふざけんな!」と言いたい。(実際にはニュースを見ながらテレビに向かってブツブツ言う程度ですが…)

武藤類子さんが、沖縄の金城実さんのお話を聞いて「尊厳」ということをおっしゃっていました。「誇り」と言い換えられるかもしれません。沖縄の方々が70年以上も抱えてきた怒り。福島も「忘れず」「あきらめず」「胸を張って」訴え続けていきます。

そもそもなぜこんな事故が起こったのか?

「悔しさのぶつけようがない」「どこに持ってったらいいのか」家族で反目し合い、福島の人同士が、「避難した、しない」「補償金もらった、もらわない」で分断され、力をそがれてしまう。そもそもなぜこんな事故が起こったのか? 星ひかりさんがおっしゃっていたように「少し広い視野でものを見る」ことが大事です。そして何より、首都圏に住み、無意識に原子力発電による電気の恩恵をこうむってきた私たちこそが、事故の原因の本質を見抜いていかなければならない。西園寺にとっては、市議として、福島出身の一市民として、東京に住む者として、一ときも忘れられない大きな課題です。